棟方志功展

昨日、東急文化村で開催している、棟方志功展に行ってきました。
そしてその展覧会は、我らが兄貴、名嘉睦稔さんと行って来ました。
その後、版画芸術と言う季刊誌の編集長の松山さんと合流し食事を
しながらの写真です。
最終日近くとあって、なかなかの盛況ぶりで、ほとんどトコロテン
状態でした。
棟方志功は、青森の美術館にも行った事もあるし、展覧会も何度と
なく観てきてはいたので、それなりに予備知識や志功ってこうだよ
なぁなどと思うところもあったのですが、今回の展覧会は規模も展示
内容もかなりのクォリティで、志功に対する思うところについても、
また新たな思いも生まれてきました。
久しぶりに良い展覧会に出会えました。
2月1日までですので、是非観に行く事をお勧めします。
といってもあと二日しかないけどね。
さてその思うところですが、これから話す事はあくまでも個人的な
主観ですので、かる~い読み物として流してくださいね。
技法そのものが同じと言う事で、よく棟方志功と比較されるボクネ
ンさんと一緒だったので、いろんな意味で興味があったのですが、
改めて、ボクネンさんは、天から選ばれた特別なヒトなのだなぁと
今更ながら思いを深めました。
もちろん棟方志功は、歴史に名を残した大版画家である事はまちが
いないのですが、決して天才ではないと感じるのです。
志功はとても努力型のアーティストで、それは線を見れば分かりま
す。
その線は、よく制作風景として映像を観た時の勢いがあるモノでは
なく、とても緻密に計算され尽くされた、優れたセンスの賜物。
そして何よりも志功は、弱視だった事が主な理由なのか、遠近法を
排除し、大胆にデフォルメされたその線で、これぞ世界のムナカタ
と絶賛された独特の世界を築いたのでしょう。
しかしその線もよく観れば分かる事ですが、堅い板木を丁寧に彫り
込んでいる様子から、画が湧き出てくるような感覚で制作されたの
ではなくはなく、どちらかと言うと、デザイン的センスで紡ぎ出し
たのだと推察できます。
一方、ボクネンさんは、その技法こそ同じものの、志功とは対照的
に、よりオートマティズムに向かおうとしているのです。
それも彫られた線を観れば分かります。
もちろん本人から語られている事でもありますが、やればやるほど、
版木に向かう時は心を“無”の状態にして、眼の前に起ち現れる画
像を、体の筋肉と言えばイイのか細胞と言えばイイのか、それらが
動くままに彫り行くのだそうです。
このボクネンさんが言わんとする事も、画を観れば分かってきます。
そして志功との決定的な違いは、遠近法もあるし、もっと言えば鳥
の領域からの俯瞰した構図。虫の領域であるマクロの世界も、縦横
無尽に彫り込まれているのですから、その世界は広がるばかり。
まだまだ描き足りないと言うボクネンさんのその言葉からは、無限
に広がる可能性が秘められているのだと、改めて思ったしだいです。
つまり志功とボクネンさんは、どちらが優れているかと言う事じゃ
なくて、どちらもイイんです。素晴らしいんです。
美術評論家の先生方、そこんとこヨロシク!
絵をちゃんと観てから、評価しましょう。
もっとも評価などしなくても良いですが。
以上、これはあくまでもイシジマが個人的に感じた事です。
感じ方もヒトそれぞれがあって良いのだと思います。
そこんとこも、ヨロシク!!






